2022/10/16 雄ヤギのフェロモンと生殖ホルモンの関係


先日、ヤギの去勢を依頼された。育つにつれて攻撃性が増し、さらに雄ヤギの臭いが強くなってきたのが理由だ。この雄ヤギの臭いの中に、雌ヤギに作用するフェロモンが含まれていることをご存知だろうか?今日はそのフェロモンから生殖ホルモンの分泌に関する話を簡単に書こうと思う。


僕が獣医学科の学生だった頃、教科書には「脳内の視床下部にあるGnRHニューロンが最上位に位置し、パルス状に分泌されたGnRHがその下流にある下垂体に作用し、下垂体からLHやFSHがパルス状に分泌される。そのLHやFSHが性線に作用し、エストロゲンやテストステロン分泌を調整する。」と説明されていた。これが生殖ホルモン分泌の視床下部ー下垂体ー性線軸と言われるものだ。当時は、視床下部にあるGnRHニューロンが生殖ホルモン分泌を左右する親分と考えられていた。

しかし、研究の進展に伴い、生殖ホルモン分泌を左右する大親分の存在することが明らかになってきている。大親分の学術的な正体が「KNDyニューロン」だ。生理活性物質であるキスペプチンの頭文字であるK、ニューロキニンBのN、ダイノルフィンAのDyを同一の神経が有していることからKNDy(キャンディ)ニューロンと呼ばれている。そして、このKNDyニューロンの拍動的活性化こそがGnRHニューロンが分泌するGnRHのパルス状分泌の正体であることが明らかにされている。

KNDyニューロンの拍動的活性化の判断は他の様々な神経の投射によって制御されている。ヤギにおいては、雄の臭いに含まれるフォロモンもKNDyニューロンの拍動的活性化を決定づける一つだ。フェロモンとは「同種の他個体が受容したときに特定の行動や生理的変化を誘起する分泌物質」で、嗅覚系を介した同種間のコミュニケーションに重要な役割を果たしている。雄ヤギの臭いに含まれる4-ethyloctanalは雌ヤギの鋤鼻という器官で受容される。さらに鋤鼻神経を介してKNDyニューロンの拍動的活性化に関与することが明らかになっている。季節性繁殖動物であるヤギやヒツジにおいて,非繁殖期の雌の群れに雄を導入すると排卵や発情が誘起される「雄効果」という現象が古くから知られていた。この雄効果の正体が4-ethyloctanalというフェロモンだったのだ。

このKNDyニューロンの拍動的活性化は哺乳類に共通で、人や牛にももちろん存在する。KNDyニューロンの拍動的活性化については現在も盛んに研究されており、関与する要因や制御機構が次々と発見されている。そして、泌乳刺激、高ストレス状態、低栄養なども神経回路を通じてKNDyニューロンの拍動的活性化を制御していることが分かりつつある。

牛の栄養の不均衡、蹄病の痛み(高ストレス)が繁殖成績の悪化と深く結びついているのは当然の理なのだ。牛群の栄養状態の定期的なモニタリングと蹄病跛行の抑制には積極的に取り組みましょう!当院では牛群の栄養状態の管理サービスも積極的に行なっていますので、お気軽にお問い合わせください。


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2022/9/27 酪農場のモニタリングに適した繁殖成績指標について


仕事柄、酪農場の繁殖成績について言及することが多いです。代表的な指標と、時間差や特徴についてごくごく簡単に説明し、オススメの繁殖成績指標をご自身でモニタリングする方法を説明します。

まず、分娩間隔です。これは最終分娩日から前回分娩日を引き算した値で、分娩の間隔を表します。分娩日は単純で記録が取りやすいため、牛群の分娩間隔を平均化した平均分娩間隔は農林水産省のデータにも頻繁に登場します。しかし、分娩が2回成立するまで数値が出ないこと、また各種流産などの影響も含まれてしまいます。農場の繁殖成績指標としては、変動が小さく、数値の変化として表れてくるのに約一年かかるため、時間差がかなりあります。

もっと時間差の小さい繁殖指標として、空胎日数が登場しました。これは、最終発情日から最終分娩日を引き算した値です。牛群の空胎日数を平均化した平均空胎日数は学術研究にも利用されており、王道の繁殖成績指標と言えます。妊娠中期以降の流産の影響も除外されています。しかし、それでも妊娠が確定するまで数値が出ないなど、時間差はまだ長いと言えます。

この平均空胎日数を利用して、さらに時間差を小さくしたものがJMRと言えます。これは、最終発情日から最終分娩日を引き算し、さらに生理的空胎日数(通常は60日)を引いた値です。「牛の子宮が妊娠可能になった時点から、どの程度日数が経っているのか」を数値として評価している言えます。非妊娠牛のJMRの数値も算出することで、即時反応性がさらに高まりました。このJMRを指標として用いている酪農家も多いですが、これらの値を算出してくれるような表計算ソフトが必要となります。牛群の評価として使う場合は、JMRを平均します。そのため、長期非妊娠牛が淘汰されるだけで、大きく数値が変動してしまうことも少なくないので、数値の変動の解釈は慎重にする必要があります。また、利用者の多くなってきたFarmnoteやU-motionでも基本画面から利用できません。

時間差が小さく、信頼性の高い繁殖成績指標は何なのか?そこで近年注目されているのが、発情発見率および妊娠率です。分娩後に生理的空胎日数(通常は60日)を経過した牛について,そこから現在または受胎するまでの発情周期 (21日)の回数をカウントし,授精(またはET)機会数で割り算した値です。こうすることで、21日毎の繁殖成績指標が算出できます。FarmnoteやU-motionでも基本画面から見られるよう採用されており、クリック一つですぐに確認できます。21日毎に、非妊娠牛に対してどのくらいの割合で交配ができているのかを示しているため、直感的な理解が容易なのが実感できます。

画面では発情発見率のみならず、妊娠数で割り算した妊娠率も併記されています。なお、妊娠率を発情発見率で割り算することで、受胎率も求められます。21日毎に、非妊娠牛に対してどのくらいの割合で妊娠が成立しているのかを示しています。この妊娠率を把握する事で、目標とする分娩間隔になるよう牛群をコントロールすることが可能になることが研究で示されています。コントロールの方法は、分娩後の繁殖供与日数を増減させます。

ですので、牛群管理で何か変更があった場合に、それを評価する時間差が少ない指標として21日毎の発情発見率、妊娠率、受胎率をモニタリングすることを強くお勧めします。FarmnoteやU-motionなどの繁殖管理ソフトウェアを導入されていなくても、月毎に交配済みの経産牛頭数や妊娠頭数を数え、非妊娠の経産牛頭数で割る事で、月毎の発情発見率、妊娠率をモニタリングすることは可能です。また、妊娠頭数を交配済みの経産牛頭数で割り算する事で月毎の受胎率の傾向は分かります。月毎に数えるのが大変だというのであれば、繁殖検診時などに、パッと計算しておくと良いでしょう。

Farmnoteの画面を以下に示しました。左下のレポート一覧にある「妊娠率と発情発見率」をクリックすることで見ることができます。


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2022/9/6 日本獣医学会学術集会で研究発表をしました


日本獣医学会学術集会の繁殖分科会で、生殖器奇形牛の妊孕性改善の手術についての研究成果をオンラインで口頭発表しました。発表の概要は以下となります。


【背景】
牛のホワイトヘイファー病(WHD)はミュラー管の形成不全により起こる先天性の生殖器奇形である。WHD牛は、卵巣に異常がないものの片側の子宮角に欠損や部分的形成不全が認められ、妊孕性が低いと考えられている。今回、34頭のWHD牛の妊孕性を調査し、妊孕性改善のために経腟片側卵巣摘出術(OVX)を4例に実施してその効果を検討した。

【材料と方法】
直腸検査で診断したWHDのホルスタイン種34頭とランダムに抽出した対照牛34頭について、生存日数と分娩履歴を比較した。また、子宮角欠損型のWHD牛4頭に対して欠損子宮角側の経腟片側OVXを実施し、手術前後の繁殖成績を比較した。

【結果】
WHD牛と対照牛の生存日数に差は認められなかった。しかし、分娩回数の中央値は、対照牛と比較して、WHD牛で有意に少なかった。経腟片側OVXを実施したWHD牛4頭は、残された片側の卵巣のみで卵巣周期が確認され、人工交配を開始した。WHD牛の発情発見率は手術前に比べ手術後で改善したものの、有意差は認められなかった。手術後に全症例で妊娠し、手術後の妊娠までの日数は手術前の空胎日数に比べ有意に少なかった。

【考察】
WHD牛の生存日数は対照牛と差はなかったものの、分娩回数が有意に少なくなっており、分娩間隔が延長していることが示唆された。WHD牛では片側OVX後に妊娠までの日数が短縮され、これは片側OVXにより常に正常な子宮角側で排卵が起こるようになったためであると考えられる。以上から、経腟片側OVXはWHD牛における有力な妊孕性改善方法になると期待できる。


今後も、当院は酪農よび獣医学の発展に貢献できるような研究継続していきたいと考えています!!

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2022/4/19 乳頭に付着した副乳頭の切除術


未経産牛にETを実施していたら、左後乳房の乳頭の形が少しいびつなのに気が付いた。よく観察すると、乳頭に副乳頭が付着して融合していた。これは放っておくと乳房炎になりやすく、治療も難しいのは経験的に分かっている。予防的に副乳頭を切除し、乳頭を整形手術することにした。


手術前。


切開すると、副乳頭には小さいながら乳腺に繋がる管が認められた。


どうやら、別々の乳腺ではなく、同一の乳腺に繋がっているようであった。副乳頭は少し余計に切除。


皮内縫合をして手術終了!!

2022/4/6 輸入されたホルスタイン受精卵の移植


5年ほど前から、輸入されたホルスタイン受精卵の移植を定期的に依頼され、行っています。高額の受精卵なので(20-30万円/個)、毎回大変緊張します。

受精卵の質が良いのに加え、未経産牛のレシピエントへ移植していった結果、受胎率は通算で90%を超えました(19/21で受胎)。新鮮胚の受精卵移植でもこれほどの成績は出ていないので、驚異的なことです。畜主も喜んでいるので、こちらとしても嬉しい限りです。

産まれたホルスタイン種メス牛からも、未経産時点での体内胚生産を開始しました。これらのメス牛の今後の活躍が楽しみです!